ライフハック

    悪口が気になってしょうがない時の対処法

    人からの悪口が気になってしょうがないとき、皆さんはどうしているでしょうか?

    職場、学校、時には家族から心無い一言を言われる時が日常の中にはあると思います。

    コミュニティの中で生活をする時悪口を言われることは避けられないものだと思います。

    しかしながら、やはり悪口は言われて嬉しいものではなく、信頼していた人からきつい一言を言われると、その後1日、数週間、中には数ヶ月間傷ついてしまうこともあるのではないでしょうか。

    かくいう私の職場も狭いコミュニティで形成されていますので、人の悪口を聞く機会は少なくありませんし(対象が自分以外を含む)、私自身、日々その悪口を気にして日常を過ごしていました。

    そのような日常を歩んできて、悪口に対する免疫が少なからずできましたので、私が実践する悪口の対処法について、つらつらと述べていきたいと思います。

    1. 悪口を言われても、傷つくことを選択しない。能動的無関心のススメ。

    悪口を言われてなぜ傷つくのでしょうか?その原因の一つに傷つくことを言われたという意識があるからです。

    何を言っているのかと疑問が生じると思いますが、悪口とは広く取らえれば言葉です。

    そして悪口を”言われる”というように、大抵の心無い言葉は”声”を介して伝わってきます。

    声とは音、すなわち空気が震えて自分の鼓膜を震わせているだけです。

    いかがでしょうか、皆さんは音に対して傷つくことはありますか? 食器の音や車の音、虫の声に気づくことはありますか?恐らくないと思います。

    悪口を言われて傷つく時、誰かが口から音を発して、空気が震えて自分の鼓膜に届き、聴覚関連の神経が脳に音をキャッチしたことを知らせ、脳が理解します。

    ただそれだけなのです。

    音が組み合わされて言語(悪口)として認識するのでしょうが、言語(悪口)をただの音の組み合わせであり自分が傷つく意味は無いと”能動的”に悪口を処理するか、それとも言語(悪口)は言語(悪口)であり音の組み合わせに意味はあると”受動的”に悪口を処理するのか、それを選択してしまえば良いのです。

    詭弁のように聞こえると思いますが、悪口に対して能動的であるか受動的であるかを選択できる自由がある、という認識は自分に冷静さと心の余裕を持たらしてくれます。悪口を言われた時、試してください。

    中には手紙など文字を介した悪口もあるかもしれませんが、鼓膜ではなく網膜から脳の視覚野に情報が伝わっているだけで、能動的に処理するか、それとも自動的に処理してしまうか、 というアプローチは全く変わりません。

    2. 悪口を言わないではいられない、その人の心の寂しさを慮る

    悪口を言う人はその人自身がマイナスのエネルギーにさらされていることが多いです。

    代表的なものとして、劣等感すなわちコンプレックスが挙げられます。

    そして、そのようなコンプレックスのある人は、自身が不足しているものを満たしている人を見ると攻撃的にならざるを得ないのです。

    悪口の内容そのものはコンプレックスの対象としてのものではないかもしれませんが、悪口の対象としてその人を選定する基準には、ほぼ100%コンプレックスが関与していると言って良いでしょう。

    ですので、やたらと誰かに攻撃されているとしたら、その人の満ち足りていないものを私は持ち合わせているのだと理解しましょう。

    そして満ち足りていないものに囚われてしまい可愛そうだな、と思うようにしましょう。

    精神的にマウントを取り、心の余裕に繋げるのです。

    3. 自分に非がないかを冷静的に再考する

    なかなか認めたくないことですが、悪口を言われると言うことは、何かしらの落ち度があるケースも少なくありません(何も落ち度が無いのに、悪口の対象となるケースもゼロではありませんが、、、)。

    言い換えれば自分に悪口を言われるだけのスキがあるとも言えます。

    ですので、今一度、悪口を言われてしまうような行いをしていないか考えてみる事をお勧めします。

    そしてこの時大事なことは自分一人で悩まないことです。

    人間は案外自分のことはよく分かっていません。

    特に力量に関しては過剰評価しがちです。

    有名な話で、チームで遂行したあるプロジェクトに対する自身の貢献度を、MAXを100として何%貢献したかを測定し合算すると、かなりの確率で100%を超えてしまうそうです。

    すなわち人は他人が思っているよりも、自分が貢献していると、認識しやすい傾向があるといえます。

    この実例からもわかるように、自分ではソコソコできていると思っていても、他人から見るとまだまだな事というのは私達が想像しているよりも多いのです。

    ですから、自身の振る舞いに非が本当にないか、今一度見つめなおしてみて下さい。

    4. 人の想いは変えられない

    どんなに品行方正に振舞っていても、悪口を言う人は必ずいます。

    人は悪口を言わずにはいられない生き物なのです。

    他人の意思、考え、行動を思い通りにすることは不可能である以上、悪口は避けられないものであると割り切ってしまいましょう。

    それはそういうものなのだと諦め、自分が未熟だから怒られる、悪口を言われる、という自分を責める考えは捨ててしまいましょう。

    人の想いは変えられないのだから、私が何したってあの人は私の悪口を言うのだから気にしても無駄だと割り切ってしまいましょう。

    5.「一発殴れば黙らせられる」という最後の心の砦を持つ

    これは男性寄り、格闘技経験者寄りな意見ですが、どんなにキツイ職場の人間や友人でも、大抵の場合は殴れば終わりにできます。

    あなたが女性で力で劣っていても包丁で刺せば終わりです。

    何が言いたいかというと、あまりにキツイことを言ってくる人も、その気になれば強制的に黙らせられるということです。

    もちろん、実際に行動に起こしてしまえば大変なことになりますが、その心の余裕を持つということが非常に重要なのです。

    この会話・立場で優位性を持っているのは自分なのだと思いこむことで、悪口を小鳥のさえずりのように感じてしまうことも可能です。

    「筋トレをやり始めて急に自信がついた」という話を聞いたことがないでしょうか? これも究極的には同じ理由です。

    すなわち、”いざとなれば力で黙らせることができる”という安心材料がトレーニング実践者らの心の中に根付き、彼らに自信を与えているのです(実体験)。

    この理論を職場や学校の人間関係に応用して、「どんなにキツイことを言って自分を罵ってくる人がいても、その気になれば黙らせられる」と心の中に砦を構築しましょう。

    決して押してはいけない核弾頭の発射スイッチを心の片隅においておきましょう。

    これだけで、心の余裕が大分できますので…。

    最後に

    どうしても性格が合わない人はいますし、上記を駆使しても耐えられないシチュエーションもあると思います。

    そのようなときに、ストレスを溜め込みすぎて、自分の心を壊してしまうと大変です。

    心は一度壊れてしまうと元に戻すのに数年の歳月を要します(それでも元通りにならないケースも少なくありません)。

    ですので、限界点が近いと感じたら、自分の心に素直に従い、休んだり逃げたりしちゃいましょう。

    心の崩壊を回避したことを責められる人はいません

    ですから、「もう無理…」と思ったら逃げましょう。

    就職先や生活費の工面。色々と心配事がよぎりますが、後から案外どうにかなるものです。

    心を守ることを最優先にしてください。

    自分が壊れるまで居続けなくてはならない環境など環境のほうが間違っているのですから。

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