薬と科学

    世界初のiPS臨床研究、患者網膜に有害現象 医師「手術法の問題で因果関係ない」

    標記のような記事が2018年1月16日に神戸新聞NEXTに掲載されていました.iPS細胞を用いた網膜への臨床研究での問題であり,大学院で網膜について研究していた私にとって気になるニュースでした.

    簡潔に本件の概要について説明しますと,

    「滲出型加齢黄斑変性の患者に,他科由来のiPS細胞で作製された網膜色素上皮細胞(この疾患でダメになる網膜の部分)を含有した溶液を投与して網膜の再生を図ったところ,術後4ヶ月で網膜前膜ができてしまい,それを外科手術により除去した」

    「前膜ができてしまった原因は,iPS細胞に由来したものではなく,移植手術の際に針を刺した穴からiPS細胞溶液の一部が漏れ出し、この時の細胞が膜を作った可能性が高い.すなわち手術に由来したものである」

    というものです.詳細については,神戸新聞NEXTをご覧ください.なお,移植したiPS細胞は網膜に定着し、視力の低下もないとのことです.

    「他科由来」のiPS細胞

    本件のkey point は「他科由来」のiPS細胞,つまり自分の細胞で作ったものでない,他人の細胞より作られたiPS細胞を用いての手術である,ということだと思います.自分の細胞から作製されたiPS細胞を自分に用いることは,免疫学的な拒絶はもちろん起こらないため,安全性の程度はかなり高いです(iPS細胞そのものによる,癌化する可能性は別として).

    実際,自家iPS細胞由来の網膜再生研究は2014年9月に加齢黄斑変性の患者に実施されており,術後経過は良好と報告されています.一方,他人の細胞から作製されたiPS細胞は,体が異物とみなして拒絶する可能性があります.もちろんHLA型(Human Leukocyte Antigen)をあわせることで回避できる可能性が高いので,手術にあたり,そのあたりは十分に検査されています.

    しかしながら,「何が起きるか分からない」が人体であるため,他科iPS細胞を用いた手術が慎重に行われているのです.

    なぜ他科由来のiPSを用いるのか

    他人由来のiPSの方が危険性が高いならば,全て自分由来のiPS細胞を用いれば良いじゃん,という疑問があるかと思いますが,幾つかの問題点があります.中でも一番の問題なのが,時間です.移植レベルのiPS細胞に育てるためには,細胞を採取してから2~4ヶ月は必要とされます.脊髄損傷など緊急を要する場面では,そのような悠長なことは言っていられません.

    ですので,すでに作製された移植レベルの他家iPS細胞の研究が行われているのです.

    iPS細胞バンク?

    ちなみにiPS細胞バンクというものをご存知でしょうか?ノーベル医学・生理学賞の山中伸弥教授が手がけているプロジェクトでiPS細胞を樹立し,保存する機関のことです.このバンクには様々なiPS細胞が保存されており,今なおその種類を増やそうとプロジェクトは推進しています.

    上記に述べましたが,細胞のHLA型は免疫反応と密接な関係があります.そしてHLA型は相当な種類があるため全ての種を揃えるのは不可能に近いです.しかしながら,ある種のHLA型は複数種のHLA型と共存できることが明らかになっているため,そのような種類のHLA型の,移植先の人と免疫拒絶を起こらないiPS細胞の貯蔵が進められており,有事の際に素早く対応できるように取り図られています.

    なお,このiPSバンクには自分の細胞も貯蔵することができるため,他科由来の危険性を少しでも回避したい方は,自身の細胞を預け予めiPS化させておくという,保険的な利用も可能となっています.

    iPS細胞は夢のある技術ですが,最先端ゆえにまだまだ未整備なところがあります.今回のオペのようなミスも含めて,トライ&エラーを繰り返して実用的なものへと昇華されていきます.マスコミが面白おかしく書いた記事で先端技術が破綻・遅延しないよう,できることをしたいものですね.

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